Alter NWCS:遠藤修

Alter NWCS:遠藤修 – 社会運動とはある意味、楽しいものです。

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そして活動するなら実効性のある運動としたい。その為には「僕達はどのような社会が欲しいのか?」が重要。
目指すべき社会像を明確にし、そこへ向かって働きかけることが運動の目的となる。その社会ビジョンは明確であればあるほど良いから、それを更に追求したいとも思うでしょう。

2011年に起きたことは誰にとっても困難な結果をもたらしましたが、僕達はどこへ向かおうとしているのか?
原発にはもちろん反対。
そして原発がなくなれば、どのような社会が実現するのでしょうか?
それは未来への大きな扉ともなるでしょう。

AlterNWCSでは発送電分離を求め、地熱の有効利用など、その地域にあった小規模発電の分散化によってもたらされる、中小企業の活性化をビジョンとして描いています。
そしてこれらの問題は「民主化」の問題そのものです。

社会は、その問題点は僕達の手で変えられる。いや、変えなければなりません。
そのためには多くの人々の連携と、そのコンセンサスを得ることが求められるでしょう。これは誰もが参加できる、とてもやりがいのある仕事です。

そして社会運動とは楽しい。そしてクリエイティブです。

「人は経済システムによって定義され、経済システムの変更は人を変える」という言葉があります。
今の行き詰まった、経済システム下において、新しい経済システムが求められていることでしょう。

AlterNWCSでは経済システムの民主化の起爆剤として「ベーシックインカム」を推進しています。国の役割と富の再配分の関係はどうなっているのでしょうか。
今、富の再配分どころか、貧しきからは収奪し、富める者を更に富ますことが当たり前のように行われています。富める者をどれだけ富ませようとも、僕達の日常は何も変わりません。企業の多国籍化が甚だしい現在、「財界さえ良ければ、誰もが良い」は明らかな嘘です。
アメリカの現状はそれを証明してもいるでしょう。

AlterNWCSでは通貨問題なども含め、目指すべきビジョンをより、明確にするために活動します。


重要な問題

  • オープンソース運動は民主化運動の最善線とも言われて来ました。今、福島からオープンガイガープロジェクトが発動。
  • 原発問題。問題の解決、電力体制の刷新のためには責任の追求が求められますが、司法との癒着があり、その罪を問うことが出来ていません。
  • 福島に新しい病院を作る計画があります。放射能による健康への影響の可能性を排除しない病院です。AlterNWCSでは全面的に支持しています。

ネット上ではACTAに対する周知も急速に広まっているものの一部、間違った解釈も見受けられる。ここではそうした状況に対し、最重要と思われる部分について法的根拠を加え、可能な限り分かりやすく明確に示したいと思う。

まず「10月1日にアニメが見れなくなる」事はない。この10/1は違法DL刑罰化の施行日なので間違わないよう。
二次創作に対する問題については以下を良く読んで欲しい。僕は文化としての二次創作(二次元と呼ばれるもの)には詳しくないので、そのジャンルに詳しい人々の見解を待ちたい部分でもあるが、特に重要な点を書くので良く読んで欲しい。

ACTAによって影響を受ける分野は多岐に渡り、二次創作の扱いについても様々な議論がある事は確かだが、各分野の当事者が問題を判断する為に重要となる基準は、それが今ままで「親告罪」に当たる行為であったかという事である。

ACTA問題を一言で説明するのは困難だが、特に表現分野に於いては「親告罪」の「非親告罪化」が重要となる。
つまり今までグレーゾーンにあるとして見逃されてきた行為が非親告罪化によって「犯罪」とされる。

10/1施行の「違法DL刑罰化」は今まで罰則の設けられていなかった行為に対する刑罰化を明確にしたものであり、その刑罰の内容は「2年以下の懲役または200万円以下の罰金」という極めて重いもの。これが今後、関連する違法行為に対する一つの基準となり、検閲システム導入の建前ともなっている。そしてACTAは親告罪を非親告罪化し、すべての違法行為に対する「警察主導」の取締を可能とする内容となっている。

その部分について条文を交え明確に指摘しておきたい。

3/18、女川町で復幸祭が行われるという事もあり、現地を取材した。付近の仮設住宅などで、現地の人々の声を聞くことができたので、そのレポートとなる。

震災によって大きな被害を受けた女川町は、震災前の人口は1万人を超えていたが、現在は約、8000人となっている。亡くなられた方だけでなく、移住も多い。女川町は伝統的な水産業の町である。その加工業などだ。地域の雇用を支えてきたのは、そうした水産業と、女川原発であり、小さな町でもある、女川町には農業などはない。

仮設住宅で話しを聞けば、雇用の不安が最も大きい。漁港に加工工場を作る事、通勤の為には送迎も必要という。仮設住宅付近にはコンビニもなく、日常の買い物も不便だ。クルマで数十分をかけて買出しに行く。高台を除いて町は壊滅し、そこに膨大な瓦礫の山が築かれている。下にこの日、撮影したその動画を貼ったが、これが片付かなければ家も建てられない。現地の人々はそれまでに8年かかると聞かされているという。

原発について話しを聞いていくと、その複雑な思いを痛感させられた。
現地の人々も原発事故、放射能問題を恐れているのは間違いない。家族が原発で働いていても原発には反対だという声も聞かれた。中には地元で採れた魚も食べられない、生では食べないという人もいるのが現実だ。僕達と同様に地域の人々も不安を感じている。しかし女川原発は停止期間が長いことから、この3月一杯で、地元の原発労働者を一斉解雇するという。彼らは正社員の形で雇われてきた。それは雇用の不安にも直結しているのだ。

ある仮設住宅に住む年配の方はその複雑な思いを語ってくれた。震災前までは鮮魚店を営んでいたという。
「そりゃ聞けば、みんな原発には反対だと言うだろうさ。不安もある。しかし、今、こうして何不自由のない生活が出来ているのは誰のお陰か。有難い。みんな内心ではそう思っている」

そこに暮らす人の誰に聞いても、これからも女川町に住み続けたいという。その女川の魅力を説いてくれた方もいた。その伝統的な漁村に原発はやってきた。そして産業として地域に根付いてしまった。現在もそこで加工業を営む自営の方は、取引上、汚染の問題は、商売上の壁となっているという。出荷の際にはロット単位での測定を行い、国の定める基準値以下であれば、安全として出荷する。彼らは放射能について詳しい知識を持っているわけではなく、国の指導に従うだけだ。基準値とは暫定であり、本来の基準からは大きくかけ離れたものであることを説明したが、地域としては国の指針に従うしかないのだ。町を復興させるとは雇用を再生させることに他なら無い。女川の人々にとってそれは伝統であり誇りだ。

僕が地域を震災後に初めて訪れたのは去年の6月である。漁港や町を見て感じたのは、状況は殆どまったく変わっていないということだ。復興は明らかに停滞しているだろう。瓦礫の問題も大きい。まずは瓦礫を動かして欲しいのが地域の思いだ。そして残念なことだが、女川町周辺はホットスポットともなってしまった。果たして漁港の再建は可能か。それが地域再生の基盤だ。

原発とは巨大な施設であり、その問題の本質は大型出店に於ける問題にも似ている。大型出店の問題とは、その出店によって地域の商店街を破壊し、売上が落ちれば撤退する。そのあとには何も残らない。原発の立地によって、地域は依存を余儀なくされてきたが、事故が起きた。原発は停止し、最も重要な近海の汚染という問題を残した。それでも漁港は再建されなければならないだろう。僕自身もそう考える。厳格な検査体制が求められるのは当然だが、その再建は可能なはずだ。地域の原発依存とは雇用の不安でもあり、まずはそれが解消されなければならない。

今回、話しを聞いて、地域の人々も認めるように、電源交付金の問題も大きい。
今回のイベントの会場ともなった、女川総合運動場などの、町の重要施設はそれによって作られている。その体育館は震災後の避難所ともなった。その周辺にはとても仮設住宅 とは思えないような仮設住宅が建てられた。人々の多くが、放射能を恐れながらも原発を悪くは言えない。そして彼らは震災後、女川町の事が殆ど報道されてこなかったことを疑問に感じてもいる。

女川町の復興の為に必要なものとは?
まずは瓦礫の撤去。僕は広域処理には反対だ。少なくとも小出裕章さんが主張しているような対策が求められるが、本来、県内に大きな処理の為のプラットフォームを建造することは可能な筈であり、神戸の震災の時にも10基ほどの処理プラントが県内に作られた。瓦礫の移動、撤去が求められること自体は当然だし、地元の人々もその方法として広域処理を求めているわけではない。

そして雇用の問題。
まずは漁港の再生を前提にその対策が進められるべきだろう。どれだけ風評を主張しようとも信用は得られない。問題は消費者がどこまでの汚染を許容できるかということだ。それは人それぞれだ。まずはそれの為の厳格な検査体制と、そのデータの公開が求められる。結果的には、それが再建への道ともなるだろう。 それは例えば、今も少なからず汚染されているベラルーシにも多くの人々が生活している。彼らは漠然と安全を信じているのではなく、きめ細かい測定によって、生活をコントロールしている。日本人にそれが出来ないわけはない。そして今以上に汚染を広げないこと。それが原発によるリスクだ。

良く、廃炉にすれば、地元の雇用は守られるという話しを聞くが、それも簡単な話しではない。その問題については別にまとめるべきだが、それは更に高線量を伴う多くの被爆労働を必要とする。そして地元の人々は労働契約もない下請け作業員として働いているわけではない。最も多く必要とされるそうした末端労働者の問題と廃炉に伴う地域雇用は別に考えられなければならないだろう。勿論、僕は廃炉を求めているが、その為に考えなければならない問題は数多いということだ。

今回の取材によって、今、女川町が抱える根本的な問題を、明確に、それは浮き彫となった。

今後も、同じ宮城県民として、女川町の再生の為にも、その動向を捉えていきたいと思う。

保安院のHPに3/1、「九州電力株式会社玄海原子力発電所第4号機の試験使用承認について」としてその原子炉本体の試験使用を承認するとあり、僕はそれを3/3の深夜、Twitterから知った。

Twitter上では「いつの間に? 」、「もう動いているのか?」、「それはどういう意味?」のような呟きで溢れた。そして僕自身も月曜には、保安院に直接電話でその具体的な内容を確認した。原子炉本体の試験使用とは定格出力での通常稼働の状態を指し、ストレステストの前に必要な措置として一定期間、試験されるものだという。手続き上の問題として承認したが、現在、稼働させているわけではなく、その試験開始の日時は未定という。

その翌日、東北電力にも電話で確認をとった。
その質問は3つ。

1. 女川原発の大容量電源の設置などは再稼働を前提としたものか。
2. 福島第一原発への東北電力からの人員の派遣について。
3. 原子炉本体の試験運用については議論が求められることからも、プレスリリースなどの有無。

東北電力、公報の佐藤さんにお聞きした。
その際、録音していることは伝えている。

今日、用事がてらだが、郡山市駅周辺で街頭取材を行ってきたのでそのレポート。

最近のTwitterを見ると、私自身の3/11の企画に対する批判など、それどころか既に、一大反・反原発勢力を形勢しているようにも見える。私の企画に限らず、3/11に対する批判の高まりはその象徴とも言える現象だ。

3/11の企画に対して私達は9月の段階からそれに対する批判を予想していたし、3/11は多くの犠牲者をもたらした日であり、それ相当の配慮が求められるのは当然だ。今回の騒動はまず、郡山での集会、デモに対する炎上があり、そこから、私の企画へ矛先が向けられ、それが今は同日に予定されているあらゆる全国での行動に対する大きな批判となった。

私は何人かの人々から3/11に被災地で「反原発デモ」を行うことに対するアンケートの実施を求められた。だがまずお断りしておきたいことは私たちの仙台での企画は通常の反原発デモとは異なるもので、そのタイトルは6.11Sendai、9.11Sendaiの流れからのその一年のサイクルを締めくくる3.11Silent Sendaiとし、私たち自身の手による追悼集会を主軸とし、東北再生への条件としての反原発(女川再稼働反対)、そして被災地をターゲットとする(野田総理も言明)TPPに対する反対を主張するものだ。私自身の活動自体が、原発問題だけに特化されたものでは決してなく、反原発を主題に掲げるNo Nuke Sendaiにしてもその中身は原発問題に限らない、社会運動のあり方を探るものでもある。原発問題とは市場の独占を考えるうえでも象徴的な問題だ。そして今回の事故が引き起こしたあらゆる問題は長期化し、今後あらゆる重大な問題を提起することになるだろう。

それが3/11に起きたことだ。

3/11は多くの犠牲者をもたらしたが、それに止まらず、あらゆる苦悩や分断をもたらし続けている。それは現在進行形だ。双葉町の住人のうち約500名は今も尚、廃校になった騎西高校をそのまま使い、避難所生活を余儀なくされている。死者だけでなく、多くの苦しみをもたらし続けている。福島の事故の収束さえまだ見えない。

事故が起きなければ私たちがここまで苦しめられることがあっただろうか。今もあらゆる犠牲、あらゆる怒り、あらゆる恐怖、分断、対立をもたらし続けている。

3/11と原発事故を切り離すことはできない。
3/11は未曾有の被害を今も尚、もたらし続けている。

このような惨事が人類の歴史上、あっただろうか?

前置きが長くなってしまったが、今日、実際に郡山市で人々の声を聞いてきた。

その質問は取材活動であることをお断りしたうえで、「原発の事故により今、福島が全国から、そして世界中から注目されている。そして震災からの一周忌ともなる3/11に郡山で、とても大きな反原発の集会イベントが予定されいる。郡山市民としてそれをどう思うか?」を基本としている。敢えて「デモ」の言葉は使わなかった。それはデモそのものに対する誤解や偏見から正しい判断が得られないと考えたからだ。それは私自身も実感してきたことだ。デモと言ってしまえば、大多数の人々は拒否反応を示すだろう。Twitter上で私たちの企画に反対するような人にデモのイメージを聞いてもそうだ。まだまだ多くの人々はデモなど参加したこともないし、それを良く観察したこともないはずだ。だからそうした人々のデモに対するイメージとは多くの場合、武力闘争や左翼や労組のステレオタイプなイメージでしかない。

何人もの初めてデモに参加する人々の声も直接聞いてきた。
その多くは「今までデモには偏見や抵抗を強く持っていたけど、いてもたってもいられなくなり自作のプラカードに想いを託し参加してたが、、参加して良かった」に集約されもするだろう。

デモの形態も多様であり、パレードにもなればサイレントにもなる。「デモ」という表現を好まないグループも多いだろう。
だから敢えて「デモ」の言葉は使わず、反原発集会、イベントとした。

だが、仙台での私たちの企画を問う目的で、私たちの意図を正しく伝えるのは難しい。それは大きなイベントでもないし、通常のデモでもない。何度も言っているようにただ単に「反原発デモ」ではまったく正しくない。

今日、郡山でタクシーに乗り、その運転手さんに話しを聞いてみた。私の問題に対する立場は言わず、ぶつけられた質問に対しては僕が客ということもあってか、中立的ではあったが、「そっとしておいて欲しいと思う人もいるだろうね」というものだったが、例の原発被害者への手切れ金とも言われる8万円については相当に怒っており、そんなものはもらいたくないとも言っていた。私もつい「貰ってはダメだと思います」と応じてしまった。それは当然の本心だ。

日中も他に何人かの人に話しを聞いてみたが、「小さな子供もいて、避難できるならしたい。でも様々な事情でそれができない」という声も聞いた。

私は郡山でこのような話題や質問を投げかけることに対し、もっと、

夕方過ぎ、6時半頃から郡山駅周辺での取材を開始した。

結果。

3/11の反原発集会イベントに肯定的

30代ぐらいの主婦(郡山市エスパル内書店)
最初に声をかけた女性。反原発活動家(確認しなかったのでそうかもしれない)のように詳しく、「代替エネルギーの可能性に向けて、もっともっと声もあげるべき」

大学生(郡山エスパル内通路)
2人目に声をかけた、オシャレなこの若い男性も脱原発派のような意見。「代替エネルギーはもっと活用されるべき」

男子高校生(郡山市駅前)
「もっと議論が高められるべき」との立場から肯定的。

ビッグツリーページェント、運営の40代ぐらいの男性(郡山市駅前で開催中のイベント)
反原発派の運動に対して、肯定的でありながら、「現実問題として原発以外に手段があるのかは疑問」

20代ぐらいのOL(郡山市エスパル内)
「難しい問題だけど、復興に役立って欲しいと思う」

30代ぐらいの男性店員(郡山市エスパル内某店員)
「売名行為のようなものではなく、真面目な集会、イベントであれば」そして8万円の問題については「非常に不愉快」としながらも「貧乏なので貰うことになるでしょう」

30代ぐらいの元市役所勤めの現、障害年金受給者(郡山市駅2Fペデストリアンデッキ)
原発から35キロ程のところに住んいるという方。
「大変なことになってしまったが、日本が一旦、原発に手を出してしまった以上、既に後戻りは難しく、原発がなければ日本の経済は立ち行かないかもしれない。国民一人一人が様々な可能性について、もっと真剣に考えなければならない。議論を高めるためにも集会やイベントをやるのは良い」

60代ぐらいの男性職員(郡山市エスパル内)
運動など、そういう流れは必然。議論も必要。でも福島イコール原発や放射能のイメージは不名誉」

反対
二本松から遊びに来ていた、若い女性二人組。(郡山エスパル内テラス)
「私(達)は放射能は全然気にしていない。福島の問題に限らず、反原発みたいな運動にはちょっとムカっとくる」

肯定派:8人
反対派:二人組

の結果となった。

反対か肯定かの曖昧な中立的な意見は除いた。そして、「デモ」という言葉を使えば、結果は逆転していたかも知れない。

予想していたような、嫌な顔をされるようなことはまったく無かった。意外な結果と言っても良い。
概ね、考え方がありながらも、3/11に郡山で行われる、反原発集会、イベントについては概ね、肯定的、好意的なものとなった。

但し、私個人としては男性店員の「売名でなければ」という部分が最も引っ掛かってしまった。僕の3/11の企画が、そのように批判されたこともあるためだ。それは今後の課題ともなるだろう。

少なくとも、郡山での集会イベントについては、真面目な意味に於いて、自信を持って良いのではないだろうか。
勿論、言われるまでもないだろうが。